小松帯刀


【幕末タレント名鑑「小松帯刀」】

名前:小松帯刀(こまつたてわき)
所属:薩摩藩→明治政府
出身地:薩摩国鹿児島城下山下町(鹿児島県鹿児島市山下町)

生年月日:天保6年10月14日(1835年12月3日)
没年月日:明治3年7月20日(1870年8月16日)
思想:公武合体→倒幕




第18回は、龍馬が認めた幻の名宰相、小松帯刀さんです。

幕末の薩摩藩といえば、「西郷隆盛」と「大久保利通」が非常に有名ですが、帯刀さんを忘れちゃいけません!
このお方は、倒幕・明治維新の立役者と言っても過言ではない人物です。
仮に幕末好き同士のトークの中で「小松たてわき?知らない」とでも言ってしまったならば、周りから天誅を受けてしまいますのでご注意を!

帯刀さんは、薩摩藩の島津家に仕える、喜入(きいれ)領主の肝付(きもつき)氏の三男(四男とも)として生まれました。
幕末の志士たちは、身分の低いところからのし上がってきた人物が多いですが、帯刀さんは身分の高い武士出身ということになります。

ちなみに、「ドラえもん」で骨川スネ夫の声を26年間担当した肝付兼太さんも肝付氏の末裔に当たるそうです。
アニメ内でスネ夫の祖先が出てくることがあるんですが、何とスネ夫の祖先も“殿様の家来”を務めていたという設定なんです。
これは全くの偶然だそう!
不思議な巡り合わせもあるんですね。

さて、10代の頃の帯刀さんは非常に勉強熱心でした。
現在の中学生くらいの歳で学問に目覚め、昼も夜も関係なく1日中勉強していたそうです。
その結果、守役が教えることもなくなり、弟3人の先生を務めるに成長したと言います。
それに満足することなくひたすら勉強し続け、最終的に体を壊したそうです。(笑)

帯刀さんの母親は「勉強のやり過ぎ!」と心配して、勉強の代わりに琵琶を習わせたといいます。
ところが、今度は琵琶にハマり過ぎて、1日中弾き続けてしまったそうです。
心配した執事が「琵琶のやり過ぎ!」と、歴史上に琵琶で失敗した人物を例に挙げて注意をしたとか。
それを言われた帯刀さんは、涙を流しながら琵琶の糸をかなぐり捨てて、それ以降2度と琵琶には手を触れなかったそうです。
何だかヒステリックですが(笑)、1つのことに真面目にのめり込むエネルギッシュな帯刀さんの性格が垣間見えます。

安政3年(1856年)、22歳の時に、吉利(よしとし)領主の小松清猷(きよもと)の養子となって家督を継ぎ、近(ちか)と結婚をしました。
身分などを気にしない方だったようで、百姓たちの仕事を労いに行ったり、若者と相撲大会をやったり、村人と無礼講の宴会を開いたりしていたそうです。
いつからか藩の中でも“名君”と評判になり、文久2年(1862年)には28歳の若さで薩摩藩の家老に抜擢されました。
これに前後して、政治も無礼講ということで、下級武士だった西郷隆盛や大久保利通が活躍できる場を提供し、2人と殿様とのパイプ役も果たしました。

その後、薩摩藩は「文久の改革」に乗り出し、政治の中心地・京都へと進出!
帯刀さんは朝廷や幕府、諸藩との難しい交渉を請け負いました。
また、在京中に土佐の脱藩浪士であり同い年であった坂本龍馬と出会い親友となります。
西郷や大久保と同じように、身分などお構いなく龍馬をバックアップし、亀山社中(後の海援隊)の設立を援助しました。

そして、犬猿の仲だった長州藩との交渉にもあたり、慶応2年1月21日(1866年3月7日)の「薩長同盟」締結に大きな役割を果たします。
この同盟が“帯刀さんが立ち合いのもと、帯刀さんの家で行われた”と言われていることからも、どれほど重きをなしていたかがわかります。
その後、慶応3年(1867年)、「薩土盟約」や「四侯会議」などの交渉役にあたり、「大政奉還」では薩摩藩代表として徳川慶喜に辞職を勧告し、「王政復古」の実現に成功しました。

明治新政府では参与職と総裁職顧問になり、その後も重職を歴任します。
明治2年(1869年)の「版籍奉還」では、領地返上と家格返還を率先して申し出て模範を示しました。
今後のさらなる活躍を誰もが期待した最中、明治3年(1870年)に何と36歳の若さで病死してしまいます。

親友の坂本龍馬が考えた明治新政府の人事構想では一番に名前が挙がり、イギリスの外交官だったアーネスト・サトウが「私が知っている日本人の中で一番魅力的」と評した、帯刀さんの死を惜しまなかった人はいなかったと言われています。
“幻の名宰相”の異名も、その早すぎる死に由来するそうです。

ちなみに、帯刀さんは“日本初の新婚旅行”をした人物とも言われています。
安政3年(1856年)、愛妻家だった帯刀さんは霧島の永之尾(えいのお)温泉に奥さんを伴って滞在したそうです。
一般的に“日本初の新婚旅行”をしたと言われているのは坂本龍馬ですが、龍馬がお龍を伴って、同じく霧島にある塩浸(しおびたし)温泉に滞在したのは慶応2年(1866年)なので、帯刀さんの方が10年早いことになります!

ところが、帯刀さんの地元・鹿児島県の、霧島市のホームページなどには“坂本龍馬が日本最初の新婚旅行に訪れた塩浸温泉”という旨の記述が!
さらに、現地には龍馬とお龍の堂々たる銅像が!
帯刀さん、鹿児島出身の偉人なのに!!
幕末の主役を西郷隆盛や大久保利通、坂本龍馬などに譲って、陰の功労者に徹した帯刀さんの幻感が出ていて、思わずニヤッとしてしまいます。
私が好きな歴史上の人物の1人です。




 

wrigting by 歴史芸人 / 長谷川ヨシテル



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