「両国 〜勝海舟と江戸の史跡〜」
【2014年8月作成】


こんにちは!黒船社中デザイナーのエビハラクミです。

「東京・幕末ゆるぶらさんぽ」ということで、幕末の志士たちや幕末に起きた出来事にゆかりのある場所をゆる〜くぶらりとさんぽしながら巡ってレポして参ります!

今回のお題は・・・


「両国 〜勝海舟と江戸の史跡〜」


前回のゆるぶらさんぽは勝海舟の修業時代を追って向島〜本所を巡りましたが、今回はその続編的に両国周辺の勝海舟にまつわる場所と、合わせて江戸の史跡を巡ってきました!

そして今回はわたくしとキャプテン小日向に加えて、歴女仲間のインテリ美女も初参戦♪

夏の下町散策ということで3人で浴衣を着てそぞろ歩いてきましたよ〜(*^^*)


勝海舟 生誕の地

前回のゆるぶらさんぽでも紹介しましたが、両国と言えば、勝海舟好きなわたくしとしてはやっぱりここは外せない!ということで勝海舟生誕の地へ。

両国駅から徒歩5分くらいの場所にある両国公園内に生誕の地の碑が建っています。



*勝海舟生誕の地碑 with キャプテン小日向&村井美樹ちゃん*


そう、今回のお仲間はインテリ美女の村井美樹ちゃんです♪
   → 村井美樹さん公式ブログ

村井美樹ちゃんとキャプテン小日向、二人の浴衣美女に挟まれて勝さんもさぞかしご満悦だと思います(笑)


この場所は勝海舟の父・小吉の実家である男谷(おだに)家があった場所で、海舟はここで生まれました。

子供の頃海舟は、従兄にあたる男谷精一郎(おだにせいいちろう)の直心影流の道場で剣術を学んでいました。

師匠・男谷精一郎は剣の腕はもちろんのこと、人格者であったようで、試合では3本中1本は必ず相手に取らせるというエピソードが残っていて、剣聖と言われるほどの人物でした。

その腕と人柄を買われ、のちに講武所の剣術師範役も務めています。

海舟は7歳の時に11代将軍家斉の目に止まり、孫の初之丞(はつのじょう)の学友として大奥に住み込みで出仕することになるのですが、それまでの7年間をこの地で過ごしました。

未来の将軍候補とお近づきになって将来は安泰か!?と思いきや、この初之丞(当時は一橋家を継いで一橋慶昌)が早世してしまい、海舟の出世の道は閉ざされてしまったのでした…



*両国公園の片隅にひっそりとたたずむ碑*

「法務大臣西郷吉之助書」と書かれていますが、この西郷吉之助は西郷隆盛の孫の西郷吉之助です。

西郷さんは勝さんより先に亡くなっているから書けるはずないよな〜、と思ったら同じ名前のお孫さんでした!



両国で一番有名な史跡!?

勝海舟生誕の地から5分くらいのところに、おそらく両国で一番有名であろう史跡「吉良邸跡」があります。

忠臣蔵で有名な吉良上野介(きらこうずけのすけ)のお屋敷跡です。



*しだれ柳になまこ壁が風情漂う吉良邸跡*


元々吉良邸は江戸城の近くにあったそうなのですが、松の廊下での刃傷事件後、赤穂浪士が討ち入りをするという噂が流れ、周囲の大名たちが迷惑がったため幕府が江戸城から離れたこの地に移転させたと言われています。

今は本所松坂町公園として住宅街の一角のほんの小さな敷地だけしか残っていませんが、当時は広大なお屋敷で2550坪(!)今の86倍もの大きさがあったそうです!

しかし、ここに上野介が住んでいたのは移り住んでから仇討ちされるまでの1年2ヶ月ほどの短い期間でした…

勝さんはすぐ近くで生まれ育ったから、きっとここにあった吉良邸のこともよく知っていたのかな〜と思ったのですが、赤穂浪士の討ち入り後、このお屋敷は幕府に没収されてなくなってしまいました。

現在の吉良邸跡は、昭和になってから地元の有志によって旧吉良邸の中庭にあった井戸の辺りの土地を買い戻し、東京市に寄贈して記念公園にされたそうなので、勝さんが近所に住んでいた頃には吉良邸は存在していなかったようです。



*吉良上野介座像*



*首級洗いの井戸。年季の入った井戸だけど、当時からのものなんでしょうか…*



*赤穂義士遺跡 吉良邸跡の石碑 with キャプテン小日向*


鼠小僧も眠る 回向院


*回向院(えこういん)山門*


吉良邸跡から京葉道路に出て左に少し行ったところに回向院があります。

回向院は、明暦の大火(振袖火事)で亡くなった身元不明や身寄りのない人たちを弔うため、将軍家綱の指示で設けられた「万人塚」が元となっています。

そのような経緯で建てられたため、回向院の理念は「有縁・無縁に関わらず、人・動物に関わらず、生あるもの全てのものへの仏の慈悲を説くもの」だそうです。

なるほど!

だからここには鼠小僧のお墓や犬・猫の供養塔など多種多様なお墓があるんですね!



*鼠小僧のお墓。「お前立ち」を削ってお財布に入れておくと金回りが良くなるらしいw*



*削るキャプテン小日向!*



*削る村井美樹!*



*鼠小僧のお墓の前ではネコがのび〜。のどかだな〜*



*台座に必死にしがみつく姿がかわいい猫の供養塔 with ネコ3匹と暮らしている猫おばさんw*



貧乏なんてクソ食らえ!by 勝海舟

回向院を出て左に行くと両国橋があります。

昔隅田川には橋が架かっておらず、明暦の大火ではこちら岸に逃げられずにたくさんの方が亡くなったそうで、その後教訓を生かして造られたそうです。

そういえば、勝海舟は『氷川清話』の中で両国橋にまつわるこんな話をしています。

「おれが子供の時には貧乏で、正月の餅を用意する銭がなかった。ところが親戚から、餅をやるから取りにこい、と言ってよこしたのでそれをもらいにいって、風呂敷に包んで背中に背負って帰る途中、ちょうど両国橋の上でどうしたはずみか風呂敷が破れ、せっかくの餅がみんな地面に落ちてしまった。ところがその時はもう真っ暗だったので拾うに拾えず、ニ、三個は拾ったが、あまりに忌々しかったから橋の上から川に投げ込んでしまった。」

とのこと。

なんとも海舟らしいエピソードですね(笑)



*両国橋東詰。謎の球体モニュメント。幕末当時はここより若干下流にありました*



両国橋を渡ったついでに柳橋まで足を伸ばしてみることに。

江戸時代、この辺りは船遊びのための船宿も多く花街として栄えていたのですが、現在は花街の面影はなく、船宿が多く残っているのみです。



*夜になると街灯がついて雰囲気がいいらしい*



*二人の背後には佃煮が有名な船宿小松屋さん。後ほど紹介する甘味処の本店でもあります*



幕末三舟の一人、山岡鉄舟 生誕の地

さて、両国橋を本所側へ引き返して、勝さんと同じく本所で生まれ育った幕末三舟の一人、山岡鉄舟の生誕の地を目指します。

北斎通りを錦糸町方面に歩くこと約20分。

現在の竪川中学校がある場所に山岡鉄舟の生家、小野家がありました。

旗本小野家の五男として生まれた鉄太郎(のちの山岡鉄舟)は、10歳の時、父が飛騨郡代として飛騨高山に赴任するまでの約10年間をこの地で過ごしました。



*竪川中学校正門前に「山岡鉄舟旧居跡」の案内板あり(向かって左の植え込みの中)*



*日没で案内板の写真がうまく取れず四苦八苦中w*



勝海舟 旧居跡

さて、山岡鉄舟旧居跡に続きましては、幕末三舟のもう一人でもある勝海舟の旧居跡を訪ねます。

(ちなみにもう一人は山岡鉄舟の義兄でもある高橋泥舟)

なんと!山岡さんちから南に5分ほどの超至近距離!

勝さんは、男谷家で7歳まで過ごし、9歳までの2年間大奥に出仕して、その後はこの地にあった旗本岡野孫一郎の敷地内に住んでいます。

山岡さんちとこんなにご近所に住んでいたならもしかして子供の頃から顔見知りだった可能性は!?

と思って調べてみました。

勝海舟1823年生まれ。山岡鉄舟1836年生まれ。13歳差。

二人が同時期にこの辺りに住んでいた期間は鉄舟が飛騨高山へ移るまでの10年くらい。

でもその間海舟は剣術や座禅の稽古、蘭学の勉強などで忙しくしていたからあまり家にはいなかったのかもしれません。

資料にも特に残ってなさそうだし、やっぱり接点はなかったのかな…(^^;;

でも道ばたですれ違ったりはしているかもしれませんね。





ちなみに、のちに海舟の妻となる民(たみ)は岡野孫一郎の養女でした。

「勝海舟の妻は岡野孫一郎の娘」とだけ聞くと、じゃあ同じ敷地内で育って子供の頃からお互いよく知った仲だったのかな〜と思ってしまうけど、よくよく調べてみるとどうやら民は元々深川の芸者であったらしく、芸者では身分が合わないから旗本岡野家の養女になって、岡野家から嫁ぐかたちにした、っていうことのようですね。

途中、島田虎之助の道場に寄宿していた時期もありましたが、結婚の翌年、24歳の時に赤坂に移り住むまではこの地を住処にしていたようです。



*すみだふれあいセンターの前に「勝海舟居住の地」の案内板があります*



ということで、

ということで、勝海舟居住の地で日没とともにぶらりさんぽ終了!

前回に引き続き勝さん絡みを中心に、両国の江戸の史跡を巡ってきました。

今回はキャプテン小日向と村井美樹ちゃんも一緒のゆるぶらさんぽで、歴史好き同士での史跡巡りはことさら楽しかった!

お二人とも、またの参戦お待ちしております(笑)



最後に、甘いモノ

最後に、甘いモノに目がないわたくしが見逃せない、両国近辺のオススメの甘味をご紹介☆



*北斎通りにある「東あられ本舗」の北斎揚げと珈琲味のおかき*

葛飾北斎生誕の地でもある両国で「北斎揚げ」を発見!

パッケージも素敵で上品なお味♪

ほろ苦甘じょっぱい(!)珈琲味のおかきはクセになるおいしさ。


 〜 〜 〜 〜 〜 〜 〜


吉良邸のお隣にある歴史茶屋「両国縁処」でいっぷく。

こちらのお店は前述の柳橋のたもとにあった小松屋さんが本店のお休み処で、おいしい甘酒と和菓子と佃煮あり。



*夏にピッタリ!冷やし甘酒*

お米のつぶつぶがたっぷりで美味!

飲み終わってから気づいたけど、勝さんグラスだ!

なんとこちらのグラスは勝さんのご子孫さんである高山みな子さんの鎌倉にあるガラス工房で造っているものだそうです。

こちらのお店で販売もしていますよ。
鎌倉谷戸の工房 http://www.katsukaishu.jp/


*季節の和菓子と佃煮と緑茶のセット*

赤い金魚が涼しげなおまんじゅう。

名物の佃煮が添えられていて、甘いのとしょっぱいの、交互で楽しめます♪



*両国名物「幾代餅」*

元禄十七年、元は運送業を営んでいた小松屋喜兵衛が両国橋西詰めに茶店を開きました。

そこで妻の幾代(いくよ)が手ずから焼いた餅に餡を塗って「幾代餅」として出したところ、たちまち大人気となり両国の名物となったそうです。

江戸から続く味、ということは勝さんも食べたかな!?

こちらも甘いのとしょっぱいので、エンドレスにいけちゃう!(笑)



*両国縁処さんの店内で集合写真w*


和菓子のことや歴史のことなど、お上品なご主人がとっても親切に説明してくださいました♪

ありがとうございました!



以上、東京・幕末ゆるぶらさんぽ「両国 〜勝海舟と江戸の史跡〜」の巻でした!




〜ゆるぶらざっくりマップ〜





●勝海舟生誕の地(両国公園) 墨田区両国4-25-3

●吉良邸跡(本所松坂町公園) http://visit-sumida.jp/spot/SpotDetail/tabid/60/pdid/478/catid/6/Default.aspx

●回向院 http://ekoin.or.jp

●山岡鉄舟生誕の地(竪川中学校) 墨田区亀沢4-11-15

●勝海舟居住の地(すみだふれあいセンター) 墨田区緑4-35-9

●両国 東あられ本舗 http://www.azuma-arare.co.jp

●歴史茶屋 両国縁処 http://endokoro.web.fc2.com


〜東京勝海舟マップ〜
https://maps.google.com/maps/ms?msid=206098105244522558892.000500e8b814839e2a4ea&msa=0


〜今回の史跡巡りがより楽しくなる勝海舟アイテム〜
  • 勝海舟「コレデオシマイ」Tシャツ


  • 2014年8月作成

    wrigting by
    デザイナー / エビハラ クミ


    東京・幕末ゆるぶらさんぽ一覧

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